ギャラリー・トーク

このサイトは画家・前島隆宇の「絵画の世界」を通じて美術のあれこれを語りたいと思います。
語り部は敦子と申します。よろしくお願い致します。。。
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2012年明けまして、東日本大 震災を元にした新年への想い。

新年明けましてご挨拶を一言述べさせていただきたいと思います。昨年は東日本大震災を受けて、あらゆる意味で考えさせられ、再生、復興、変換、反省も含めて日本全体転機を求められる年であったと思います。

あらゆる職種の方が復興と激励に向けて、総動員という形で、真正面から、或いは後方から、側面から懸命に志を傾け、奉仕なさって来られたのを毎日テレビ等で見て参りました。音楽家は特にフル活動でしたね。

しかし画家は?と言うと、それが活動の手段、目標が見当たらないのですね。似顔絵描きさんが居たけど、それくらいでしたかね。まあ、ささやかながら多くの皆さんと同様、若干の寄付等は出来たけど。やがてピカソの『ゲルニカ』のような絵画が表れないとも限らないですが。でも相手は自然。反戦の相手と違って、ぶっつける標的が余りにも巨大、且つこちらは矮小、無気力過ぎて、空しさのみが立ち勝って、その表現は極めて難しいでしょう。

以前から勧誘を受けていた「国境無き医師団」という団体の震災地での活躍をテレビで拝見して、いささかの寄付をさせて頂き、この度意を決して、毎月少しではありますが、銀行引き落としで寄付の申し出をすませました。それのみで何とも出来ないのが残念ですが、どうかお許し下さいと言うのが、今の心境です。

それからブロガーたる私事ですが、あの津波直後の累々たる見るも無惨な残骸の山跡を見て、太平洋戦火を経験した私はあの度重なる空襲で日本全国焼け野原となった無惨な想いが蘇って、それを契機として一つの歴史的事実、惨劇と言うと私の能力では不可能かも知れませんが、物語を何とか構築して見ようと、過去をまさぐり、今日の悲劇に比較、精神的復興に寄与たらんする事に突入せざるを得ませんでした。

さて出来上がって見ると、現代の子供向けとはなったのですが、一つのゼロからの、いやそれ以上に膨大な想像も出来ない遥かマイナスからの、一つの生身の人間の再出発、国家の再興、社会の再興への励まし、蘇りという意味を込めた、毅然とした立ち上がりへの精神的契機を促す歴史的?挿話として、これがいささかでも今日の災害復興に対する一つの励まし、一助にでもなれば幸いと思い、ここに恥ずかしながら告白する次第です。

そこに日本人としての迫力、日本国としての誇り、負けじ魂、能力等が発露、自覚、これからの復興への希望、自信、目標、底力ともなれば、古い時代の経験者としての私には大いなる喜びとなるでしょう。

それがこの度のいささかの励ましの一つの形にでもなれば、それ以上の喜びはありません。是非とも陽の目を見る様に、私的ではありますが大いに願う所てす。

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